最近神様に良い人間関係を築くために大切なことを色々と語られています
私は会社で新しい人の教育係をやったり、たまにはクレームの処理をしたり、チャーチではライフグループ(=週1回集まって聖書の勉強をするグループ)を持ったり、チームのリーダーをやったり、人の上に立つことがだんだんと多くなってきました
リーダーになると時には相手にチャレンジをしたり、本当は言いたくないことも言わないといけないこともあるよね
例えば、相手にやる気がない時にチャレンジしたり、いつまでも同じところで立ち止まっている時には、そこを打破してもらうためにどうすればいいかを相手に考えてもらったりすることがあるよね
人間関係って生きている人間が相手なので、常にいいことばかり尽くめなわけではない。
良い人間関係を築くための知恵が必要だなーって日々感じています。
自分が忙しくなると余裕がなくなってくるから、イライラしたりストレスを感じたりすることが多くなってきます
そうするとそれが人間関係にも影響してくるよね
じゃあ、ストレスを抱えずにいい人間関係を築くにはどうすればいいんだろう??
そんなことを考えてる時に3年ほど前に読んだ本のある箇所が頭の中によみがえりました
“自分と相手は全く違う人間。育ってきた状況も違えば、性格も違う。だからもちろん考え方も違う。神様は1人1人をユニークに創ったのだから違って当たり前。だから相手が自分と違う行動・考え方をするからといってイライラするのはやめなさい。”
確かに。
それは言えてる。
良く考えたら当たり前なんだけど、それが頭に中にないと小さなことで人間関係がストレスになってしまうね。
“なんで○○してくれないのっ
”
“どうしてここで○○するの
”
って小さなことが積み重なって人間関係築いていくのが嫌になっちゃう。
でもそれってもったいないこと。
この地球にはすごい沢山の人間がいて、今自分の隣にいる人は神様の奇跡によって出会えた人かもしれないのに、その人との人間関係がストレスになってしまったら、それって悲しいよね。
でも“自分と相手は全く違う存在なんだ”ってことを頭に入れておくだけで、この小さなイライラからはだいぶ解放されることがわかったんだ
そして聖書でも最近良い人間関係を築くための知恵をもらいました
Ⅰサムエル12:16~24にはサムエルと人々とのやり取りが書いてあるんだけど、人々が神様に背を向けて過ちを犯したときにサムエルがどうゆう行動をとったのかが、ここには書かれているんだ。
“サムエルは気を取り直すようにとなだめました。『怖がることはありません。過ちを犯したのは事実だ。しかし問題はこれからだ。熱心に神様を礼拝し、決してそむいたりするな。他の神々が助けてくれるはずがないのだ。神様は自分の国民を捨てて、自ら偉大なお名前を汚すようなまねはなさらない。神様は、あなたがたを特別な国民として選んでくださったのではないか。そうすることが神様のご意志だったのだ。わしもあなた方のために祈るのをやめたりしない。そんなことをすれば、神様に罪を犯すことになるからな。今後とも良いこと、正しいことを教え続けるつもりだ』”(Iサムエル12:20-23)
間違った行動をとった人々に対していったサムエルの言葉。
ここですごく語られたのは、“裁く”ことと“導く”ことの違い。2つともパッと見は似てるけど、実は全然ちがうんだね
“裁く”こと⇒人々の過去に目を向ける。間違っているところを強調する。批判する。
“この人によくなってもらいたい”って思いが強ければ強いほど、相手が間違いを犯したときに、『それは違うよっ
』って強く言ってしまいたくなるもの。
でも間違っているところを強調するだけでは、解決策にはならないよね。
“導く”こと⇒相手の未来に目を向ける。どうやったら解決できるかを考え進んでいく。相手のバックグランドを考える。そして励ます
サムエルは人々が誤りを犯したときに、彼らに気を取りなおすようになだめたと書いている。そして問題はこれからの行動にかかっている、彼らのために祈り、正しいことを教えることをやめないといった。
私のライフリーダーのEさんもよく言っているけど、相手にチャレンジを与えるとき、問題を指摘する時は励ましの言葉とサンドイッチ方式にするのがベストだといつも言っている
“励ましの言葉”+“チャレンジ”+“励ましの言葉”
そうすると間違っているところだけが強調されずに、スムーズに話を進めることができるよね
良い人間関係を築けるかどうかは相手の問題ではなくて、自分の心の態度の問題。
自分の心の態度次第でよくもなるし、悪くもなる。
さらに知恵をもらって、どんどん良い人間関係を築いていきたいな~っ
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